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19話.ダイムラーのガソリンエンジン〔後編〕

《 19話の主な登場人物 》
■ゴットリープ・ダイムラー:1834年生まれ。孤児技術訓練センターのドイツ人教師。
■ウィルヘルム・マイバッハ:1847年生まれ。ドイツ人で孤児技術訓練センターの生徒。
■ニコラス・オットー:1832年生まれ。4ストロークエンジンの実用化に成功した技術者。


 N.オットーの会社を飛び出したG.ダイムラーはガソリンエンジンの実用化に熱中した 


ドイツ社に技師長として赴任して3年後に、ニコラス・オットーは世界初となる4ストロークエンジンを発表したが、この完成に至る技術問題の解決に関しては、実際のところゴットリープ・ダイムラーによる貢献が大きかった。
ところが世間的には、4ストロークエンジンはオットーの発明ということになり、ダイムラーの業績に対して何の見返りも与えられることはなかったという。

こうした点を見て、オットーは人格的に欠落がある人間との烙印を押されてしまうが、このようなオットーの評価は、後にダイムラー社を創設し世界最大級の自動車メーカーの生みの親となっているゴットリープ・ダイムラー側に立った見解であって、本当はどうであったかはわからない。

4ストロークサイクル理論の実用化に挑戦し、それをゴットリープ・ダイムラーという優れた技術者の手を借りながら完成させたニコラス・オットーに対しては、もっとしかるべき評価がなされてもよかろうにと筆者は思うのである。


さてドイツ社に話は戻るが、ダイムラーとオットーの関係は日々ひどいものになっていて、オットーはことあるごとにダイムラーのやり方にケチをつけるようになってきた。
それが度重なると、ダイムラーも言い返したりするので2人の関係は冷え切ってしまい、1882年にダイムラーはドイツ社を辞めた。

ダイムラーは、ひとつの会社に縛られて、その会社の利害を考えたり、利益を生み出すビジネスモデルを構築したりというような世俗的なことに関心を示すことはなく、どうしたら効率のよいエンジンができあがるか、それだけを考える研究者肌の人物である。

48歳になったダイムラーはシュトゥットガルト近郊のカンスタットの街に自分の研究所を設立し、行動を共にするウィルヘルム・マイバッハと一緒に4ストロークサイクルの小型エンジンの研究開発に没頭した。
ここでは、エンジンが高速回転をするのに必要な数々の技術改良を積み上げて、難問をひとつずつ解決していった。

エンジンで使用する燃料に関しては、製造に大型設備を必要とする石炭ガスでなくて、石油から生み出される液体物質に着目した。
アルコールを始めガソリンなどいろいろ試してみたが、最終的にガソリンが最適な燃料であるという結論に落ち着いた。




 空気とガソリンの混合と着火という内燃機関の難題をG.ダイムラーは見事に解決した 


Yong,James1上019話
〈原油の精製に成功したジェームス・ヤング〉





石油は大昔からその存在を知られていたが、石油を工業的に利用しようという動きは、1848年にイギリス人化学者のジェームス・ヤングという男が、炭鉱から噴出してくる原油を蒸留法で精製したことから始まった。

高沸点の重質油は石炭に代わる燃料として使われるようになったが、精製過程でどうしてもできてしまう低沸点の軽質油は、照明やしみ抜き用として少量使われる程度で使い道が少なく、捨てられることが多かった。

この軽質油の一種であるガソリンを内燃機関の燃料としての可能性を考えた技術者は、ゴットリープ・ダイムラーが最初だったかもしれない。


ガソリンをエンジンの燃料とする場合、どうしても解決しなければならない技術課題は、ガソリンと空気をどのように混合するか、ということである。
ガソリンと空気を混合する器具を気化器 (英語ではキャブレター)というが、この混合が実に難しい。

ダイムラーが生み出した答えは、キャブレターに入れたガソリンを外側から加熱して気化させた濃厚なガスに、着火しやすい混合割合になるように空気を混ぜ合わせるという表面式キャブレター方式の考えであった。

ここで問題となるのは、どのような比率で混合させるかという点である。この比率を技術用語で空燃比(くうねんひ)というが、〔空気91:ガソリン9〕の比率がベストであるとダイムラーは確信を持ったのである。

ガソリンエンジンのもうひとつの課題は、混合気を爆発させるための点火装置にあった。
ダイムラーはいろいろな点火装置を試してみたが、何をやってもうまくいかなかった。
しかし、そのうちにアメリカ人のA.V.ニュートンという人の特許がヒントになって、ホットチューブ(赤熱管)を点火装置として使ってみたところ、初めてうまくいった。
このやり方は、片方をふさいだ白金製の細いパイプをシリンダー上部に突き刺して、ふさいだ方を加熱すると、パイプの中の混合気が着火するというもので、“ホットチューブ点火”と呼ばれた。

ダイムラーは、もうひとつすごい技術を開発している。
それは、バルブを開閉するカムシャフト駆動装置である。
この装置はシリンダーでのピストンの上下運動を“カムシャフト”を介して回転運動に変換して、吸気バルブ、排気バルブの開閉を自動的に行うというものであり、この後のエンジンの基礎技術として普及することになる。

これらの新技術を織り込んだ、ゴットリープ・ダイムラーとしての第1号となる4ストロークサイクルのガソリンエンジンは、1883年12月にようやく完成をみたが、このエンジンは排気量460㏄と小型軽量で、ピストンは水平設置となっていた。
また、最初の頃のエンジン冷却は空冷方式であったが、すぐに水冷方式に改善された。
このエンジンは、それまでのどのエンジンよりも高速で回転し、毎分700~900回転も可能であった。

(「19話」はここまで。「20話〔前編〕」は8月14日(火)に掲載。)


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