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59話.金持ちイェリネックの提案〔後編〕

《 主な登場人物 》
■ゴットリープ・ダイムラー:1834年生まれ。ドイツの自動車メーカーのダイムラー社社長。
■ウィルヘルム・マイバッハ:1847年生まれ。ダイムラー社のドイツ人技師長。
■エミール・イェリネック:1853年生まれ。ニースに住むオーストリア人の大金持ち。 


 E.イェリネックはニースを出発して、ダイムラー社のW.マイバッハ技師長を訪問した 


ダイムラー社を創業したゴットリープ・ダイムラーは、自動車史の最初の1ページを飾る立派な仕事をしたが、1900年に病魔に侵されて66歳の生涯を閉じることになった。

33年間という長きにわたって苦難を共にしたウィルヘルム・マイバッハは、ひとり取り残されてしまった。この時、51歳という脂の乗り切ったマイバッハは、ダイムラー社では自動車開発部門だけでなく、技師長として技術の中心にいたのである。 


Daimler,Gottlieb第②二巻059話
<晩年のゴットリープ・ダイムラー>





ダイムラー社のマイバッハに会見を申し入れていたエミール・イェリネックに、待ち焦がれた返事が到着した。ニースから汽車を乗り継いでドイツにやってきて、指定された日にカンスタットにあるダイムラー社の本社を訪問した。


案内されたのは技師長室であるが、思ったより狭く雑然としていた。
そこでは、マイバッハが温かく迎えてくれた。

「初めまして。自分がこの会社の技師長をやっていますウィルヘルム・マイバッハです。ニースという遠いところから、わざわざお越しいただき恐縮に存じます」

「こうして、世界の自動車会社のリーダー企業であるダイムラー社を訪問することができまして、たいへん光栄です。また、高名なマイバッハ技師長にお会いできて嬉しく思います」

「イェリネックさんは、ニースにお住まいとお伺いしましたが、ドイツ語がたいへんお上手ですね」

「私は現在ニースに住んでおりますが、生まれ育ったのはオーストリアですので、ドイツ語は私の母国語なのです」

技術のことしか頭にないマイバッハは、さっそく本題に入ることにした。
「ところで、新しい提案をお考えいただいたと貴殿のお手紙に書かれていましたが」

「マイバッハさん。私は最近考えることがあって、こうして貴社を訪問させていただいたのですが、さっそくお話ししてよろしいでしょうか」

「自動車技術以外は何もわかりませんが、お手紙を拝見して興味を持っていますので、ぜひお聞かせ下さい」

「実は、私はパナール&ルヴァソールのガソリンエンジン車を愛用していまして、ニースで開催される自動車レースに数多く出場しましたが、残念ながら他のクルマに負けてばかりで一度も優勝したことがありません。そこで、何とか優勝をしたいと思っています」

ニースのレースでダイムラー車が優勝したという話を聞いたことがないマイバッハは、ここへのイェリネックの訪問意図をいぶかって、疑問をぶつけてみた。
「それでは、優勝しているクルマの会社に行けばよろしいんじゃないですか」

マイバッハの気分を損ねてしてしまったかも知れないことを懸念するイェリネックは、ていねいに説明を加えることにした。
「私の話を最後まで聞いてください。私のパナール&ルヴァソールのエンジンを設計したのは、ダイムラー社であることはよく知っております。このエンジンは無理が利くし、決して止まることはないので、私は高い信頼を寄せています」

イェリネックの説明を聞いたが、マイバッハは納得したわけではなかった。
「確かに、パナール&ルヴァソール車のエンジンは、自分が設計にかかわりましたが…」

「問題は、エンジン出力にあります。このエンジンは排気量が3リッターで、最大出力は12馬力しかありません。これに対して、ボディの重さが800キロですので、1馬力当りの重量、すなわちパワーウェイトレシオは66キロとなります。舗装した道路を時速40キロで走行するなら、これでも充分ですがレースとなると話は別で、パワーウェイトレシオは30キロを割らないと勝負になりません」


話を聞いていたマイバッハは、だんだんと興奮してきた。
かねてより自動車用のガソリンエンジンは出力アップすることが重要であることを、社内で主張していたので、イェリネックの意見にはまったく同感であった。
したがって、パワーウェイトレシオの概念を持ち出して構想を話し始めたイェリネックの提案に対する関心はますます高まった。

「イェリネックさんのおっしゃりたいことは、仮に1トンの重量があるクルマなら、35馬力なければならないということですね」

「さすがマイバッハさんですね。実に計算がお早い。まさにそのとおりです。私が希望する最高出力は35馬力なのです。ところが、現在これだけの高出力エンジンをつくっている会社はどこにもありません。これをやり切れる可能性のある会社は、ダイムラー社だけだと私は思っているのです」

イェリネックは、ようやく自分の考えていることがマイバッハに理解されたと安心をした。

「それはありがとうございます。実は、自分もパワーアップの重要性は強く認識しているのですが、イェリネックさんのように35馬力という数字を、目標にすべきだという意見を初めて聞きました。そこで質問があるのですが、このようなクルマを仮に開発したとしたら、売れると思いますか」

マイバッハは初対面の客人に、こんなぶしつけな質問をしていいのかどうか二の足を踏んだが、イェリネックの自信たっぷりの話しぶりから見て、何らかの回答があるに違いないと考えた。 



 W.マイバッハ技師長は遠くから訪問を受けたE.イェリネックの見識の高さに脱帽した 


イェリネックはしばし考え、そして言葉を選んでゆっくりと話し始めた。

「自動車は現在のところ、限られた人たちの遊び道具みたいなものですが、やがて陸上の交通手段として鉄道に続く存在になるのは間違いないと私はにらんでいます。そのために現在の性能に満足してはいけません。もっとパワーをもち、もっと速く走るようにならなければいけません。これが解決したら、自動車は20世紀最大の商品になると思います」

静かに聞き入っていたマイバッハは、話の中身に心をときめかせていた。
イェリネックは技術者でないので専門的な内容ではないが、自動車の本質をついてくる見識の高さには教えられることが多かった。

2人が話し合いを始めて1時間以上が過ぎていた。大切な客人をもてなすことに気を使うマイバッハは、今日のビジネス会談はここら辺が潮時かと感じた。

「今日は貴重なご意見をありがとうございました。ちょうど、昼食の時間になりましたので、ご一緒にいかがですか。イェリネックさんの自動車に対する考察をもっとお聞きしたいと思います」

「私の話を聞いていただきまして、本当にありがとうございました。今日の話の続きを、真剣に考えてみますので、もう一度会っていただけますでしょうか」
「喜んで、お話をお聞きしたいと思います」

こうして、2人は昼食中もクルマ談義に夢中になるのであった。 

(〔59話〕はここまでで、〔60話〕は来週の火曜日に掲載。)



Maybach,Wihelm②第二巻059話
〈ダイムラー社技師長ウィルヘルム・マイバッハ>





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