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62話.オランダ車とベルギー車の誕生〔前編〕

《 主な登場人物 》
■ヘンドリックス・スパイカー:1870年頃の生まれ。スパイカー社を創業するオランダ人。
■ヤコブパイカー:1872年頃の生まれ。スパイカー社で兄を支え続ける弟。
■ジョセフ・ラビオレット:1890年頃の生まれ。オランダのスパイカー社の先進的技術者。
■シルヴァン・ド・ヨング:1870年頃の生まれ。ミネルヴァ社を創業するベルギー人。


 ヨーロッパの中央に位置するオランダ王国は、産業革命によって通商大国になった 


『クルマの歴史300話』は、自動車に関連するビジネスに従事しようとしている人々にとって、一度は読んで欲しいベイシック書でありたいと筆者は考えている。

特に、自動車文化に関しては、1886年にドイツで開発されたガソリンエンジン車を原点としていて、世界最大の自動車生産国であるアメリカ合衆国を起源としていない点を認識することが重要であり、そのために本書では多くのスペースを割いて、ヨーロッパ諸国の近代の歩みを記載している。

既に、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリアの5ヶ国のようすは述べられているので、次はフランスとドイツにはさまれたオランダとベルギーに話を進めよう。


オランダとベルギーとルクセンブルグの3つの国を合わせて“ベネルクス3国”と呼ばれるが、この3国には共通点が多い。
早くから3国間自由貿易体制が採られたので、通商に関してはひとつの国になっていて、今日のヨーロッパ共同体体制の原形が形成されていた。

通商以外は、3つの国はまったく別々である。
人口を見ると、オランダ1,500万人、ベルギー1,000万人、ルクセンブルグ30万人というように、ルクセンブルグは小国であるが、ベルギーとオランダは決して小国とはいえない国家である。


オランダの近代の歩みは、他のヨーロッパ諸国と同様、ナポレオン・ボナパルトの時代から始めるとわかりやすい。
ナポレオンはフランス皇帝に就いて国家権力を掌中に収めると、国民の関心を外国にそらせることを目的として戦争に明け暮れたが、隣国のオランダの地は最初に蹂躙された土地となった。

ナポレオンに対抗するには連合して戦うしか方法がないことに追い込まれたヨーロッパ諸国は、力を合わせてワーテルローの戦いで勝利することができたが、戦後処理を決めるウィーン会議において、緩衝地帯を設ける目的で、ベルギーとオランダをひとつにしたオランダ連合王国という国家が誕生した。

しかし、オランダとベルギーは、言語、宗教(ベルギーはカトリックで、オランダはプロテスタント)、風俗、慣習がまったく異なり、一緒になるには無理があった。
ベルギー人はこの国からの独立を主張して、1831年に始まった戦争の結果、オランダとベルギーは別々の国に戻り、オランダは王国として歩むことになった。

1848年の2月革命によってフランスは王制から共和制に大きく変わったが、議会が財政をコントロールする憲法をそれ以前に制定していたオランダは、3月革命の嵐を避けることができ、王国体制が継続された。

一方、イギリスで起きた産業革命のうねりは、海路でオランダに渡り、その進展ぶりではフランスに負けなかった。
こうして経済近代化が進んだオランダは大国の地位を確保したものの、政治的には常に不安定な状況にさらされ、中立を保つことで何とか独立を維持していた。



 オランダのスパイカー社は、画期的な6気筒エンジン搭載の4輪駆動車を開発した 


筆者が『クルマの歴史300話』を記述するに際して、資料集めがたいへんであった。
現在販売されているカーブランドに関しては関連書籍も多く、どの説を取ったらよいかに苦慮することが多かったが、既に消滅してしまったクルマのブランドストーリーに関しては、資料入手が難しかった。

筆者が自動車の歴史を勉強するようになってから、この分野に関する百科事典を探して入手したのは『The Encyclopedia of the Car』、『Encyclopedia of Automobiles』、それに3冊セットの『The BEAULIEU Encyclopedia of the Automobile』である。

こうして英語版は手に入ったが、翻訳に手間取るし、日本語での表記をどうするかに悩むことが多かったので、日本語の自動車百科事典がないかとあちこちを探し回って、神田の古書店で見つけたのが、130冊構成の『世界自動車大百科(Motor Car)』というシリーズである。

このシリーズは、1978年3月に日本メールオーダー社から第1巻が発刊され、最後となる第130巻まで、実に2年5カ月という長期間にわたって毎週1冊ずつ刊行された大作で、10冊がファイルされている特製バインダーを横に並べると、ゆうに50センチあろうかというボリュームになっている。

このオリジナルはEdito Service S.A.が編集を担当し、Instituto Giografic De Agostiniが出版元であり、イタリア語バージョンでは『Milleruote』、英語バージョンでは『On Four Wheels』、フランス語バージョンでは『Alpha Auto』というタイトルで発刊されたそうだ。

この百科事典の構成は、「世界の自動車」「スピードの世界」「カーレーサー群像」「オートメカニック」「くるまアラカルト」に5区分されている。

「世界の自動車」は、この百科事典の骨格となる部分で、イタリアのアバルトから始まって、実に313という自動車のブランドについて、豊富な写真を交えて詳細に説明を加えている。

「スピードの世界」では、モータースポーツの全てが解説されている。
特に、本書のテーマとなるような初期の自動車レースに関する内容は、たいへん貴重な資料である。

また、「カーレーサー群像」では、レース史上有名なカーレーサー118名について、その生涯と輝かしい記録を伝えている。

「オートメカニック」の項は、複雑な自動車の機械構造を、メカに弱い読者にもわかるようにていねいに図解してくれているし、「くるまアラカルト」では、「世界の自動車」に登場しないような商業車、バス、トラック、軍用車などを取り上げて、これらの発展のようすを解説している。

実は、これから始まるオランダとベルギーの自動車に関する情報のかなりの部分は、『世界自動車大百科』にお世話になっているのである。


産業革命によって経済的に発展が続いたオランダで、19世紀の最後の年である1900年に“スパイカー”という自動車が誕生した。

スパイカーの生みの親は、ヘンドリックスとヤコブという名のスパイカー兄弟である。
2人は、1880年頃から首都アムステルダム郊外で馬車をつくり始め、1890年代にはオランダでナンバーワンの馬車製造業者となっていた。

兄弟はとても仲が良く、伴って旅行をすることが多かった。
ドイツ旅行中に、ベンツというガソリンエンジン車が街中を走っているのを見つけた2人は、このクルマが気になって仕方がなかった。
このような乗り物が普及すると、馬車が売れなくなるに違いないと心配して、自分たちも自動車を手がけることを考えた。

最初にやったことは、ベンツ社と掛け合ってオランダ国内の販売代理店権を取得することであり、1895年からベンツ車の販売業をスタートさせた。
この仕事を通して、ベンツ社が持っているガソリンエンジン車の技術を学んだ2人は、クルマづくりに挑戦することになって、1900年に空冷方式で水平型2気筒エンジンを載せる小型車をつくりあげた。

2人は、需要が少ないオランダ国内を対象にするのでなく、最初から周辺諸国に輸出することを前提として自動車をつくったので、社名および車名を、自分たちの姓のオランダ語のつづりであるSpijkerを英語風に変えた“Spyker”とした。


spyker1上062話
←“スパイカー”のブランドマーク




兄弟は自分たちが開発した1号モデルに大きな期待をもったが、出力が低すぎた上につくりがちゃちなため、さっぱり売れなかった。
そこで、お客さんから意見を聞いてみると、「このクルマはベンツ車とそっくりで、スパイカーを買うぐらいなら、本家本元のベンツを買った方がいい」という意見ばかりであった。

自分たちのオリジナリティがなかったことを深く反省した兄弟は、会社に新風を吹き込むよう、ベルギー出身のジョセフ-ヴァレンチン・ラビオレットという若きエンジニアを採用して、新型車の設計に当らせた。

20世紀が開けて2年目の1902年になると、スパイカー社では驚くべきレース専用車ができあがった。
これを設計したのは入社したばかりのラビオレットであり、世界最初の6気筒車の誕生であると同時に、ガソリンエンジン車としては世界初となる4輪駆動車の誕生でもあった。


Laviolette,Joseph-Valentin第二巻062話
〈ジョセフ-ヴァレンチン・ラビオレット〉






最高出力60HPを発揮する排気量8.7リッターのエンジンは6気筒の直列配置構造であり、4輪駆動システムの方は本格的なフルタイム仕様となっていた。

この画期的な新車は、1902年12月のパリサロンで発表され、翌年2月にはロンドンの水晶宮で開かれたオリンピア・モーターショーでも展示され、6気筒エンジンと4輪駆動方式のどちらの新技術もたいへんな反響を呼ぶことになった。

このクルマ自体は、宣伝用の実験車にすぎないと思っていた兄弟であるが、あまりの評判のよさに舞い上がってしまい、同様の設計を取り入れた6気筒エンジン搭載の4輪駆動車を売り出したが、新規すぎたことと高価であったために兄弟が期待したようには売れなかった。


062話スパイカー60HP1903
←〈スパイカー60HP〉





(金曜日の〔62話:後編〕に続く)


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