FC2ブログ

65話.ヘンリー・フォードの成長〔後編〕

《 主な登場人物 》
■ウィリアム・フォード:1833年頃の生まれ。建国間もない新大陸にきたアイルランド移民。
■ヘンリー・フォード:1863年生まれ。子供時代から機械好きアメリカ人でエジソン社社員。
■クララ・フォード:1865年生まれ。ヘンリー・フォードと知り合い結婚する女性。


クララと結婚したヘンリーはデトロイトのエジソン電灯会社で新しい生活を始めた


ヘンリーは、メカニズムに夢中になっていたといっても、そこは成長盛りの男の子である。
20歳になったある日、近くの町で開かれたダンス・パーティで2つ年下のクララという少女と知り合った。
ヘンリーは何ごとも夢中になると突き進むタイプで、クララに猛烈にアタックし、クララとヘンリーは交際を始めることになり、5年間の交際後、25歳になったヘンリーはクララと結婚した。

やがて、ヘンリーは技術専門職になりたいという夢を妻のクララに語るようになり、そのためにはデトロイトに転居する必要性を新妻に説いた。
夫の両親と離れて2人で家を出るということにクララは抵抗を感じたが、ヘンリーは強引に説得して、フォード夫妻はデトロイトに転居した。

転居後、仕事を探したところ運良くデトロイトでいちばん大きな工場であるエジソン電灯会社に就職することができた。
この頃、合衆国の大都市では電線を使って直流電気の配電を始めており、デトロイトではエジソン電灯会社がこの仕事をやっていた。

エジソン電灯会社でのヘンリーは、月に50ドルを稼ぐ優秀な機械工であって、若くても技術者として一流であることは一緒に働く仲間にはすぐにわかった。
それと飾らない、そして何にもまして人間的な優しさを備えたヘンリーの人柄は、周りの人々から信頼を集めた。


この時代、ヘンリーは2ストローク・ガソリンエンジンをつくろうと躍起になっていて、工場から帰ると自宅の馬小屋でエンジンづくりに熱中していた。
そして、最初にできあがったのが全長50センチくらいの小型エンジンであった。

1893年のクリスマスイヴの夜、ヘンリーは馬小屋の中からこのエンジンを持ち出した。
それを台所の真中に備え付け、妻のクララに手伝いを頼んだ。
クリスマスの食事の準備で忙しいクララは、夫の行動が理解できなかったが、それでも命ぜられるままに、機械の燃料取入れ口にガソリンをしたたり落とす手伝いを始めた。
この間、ヘンリーはこのエンジンを始動させようと、はずみ車であるフライホイールを回転させ続けていた。

しばらくの間は何の変化も起きなかったので、クララはだんだんといらついてきた。
「クリスマスイヴという特別な夜に、こんな油くさい仕事を食事の準備中の台所でしなくてもよさそうなのに」と思いつつ、油を1滴ずつしたたり落としていた。
そして30秒ほどたった時、突然その機械はグッグッと動き出し、やがて“カタン” “カタン”とリズミカルな音を立て始めたのである。
この時こそ、ヘンリーが全てのエネルギーをつぎ込んで開発したガソリンエンジンの誕生の瞬間であった。


この種の感動的な話は、どこかで読んだことがあると感じた読者は多いと思うが、ヘンリー・フォードに先立つ14年前の大晦日の夜に、ドイツの田舎町にあるカール・ベンツ家で起きたこととまったく同じタイプの話である。

このようなできごとが本当に事実であるかどうかを、疑問に感じる向きもあるかもしれないが、その真偽を検証しようというのはまったく無意味である。
この種の話に関して読者の皆さんに理解して欲しい点は、カール・ベンツもヘンリー・フォードも偉大なる成功者だという事実である。
歴史的な成功者は、たくさんの伝説を必要としている。
そのためには人々を感動させるエピソ-ドがどうしても欠かせないのであって、本当はどうであったかなどと詮索してもムダである。

本書は、前書きで読者にお断りしたとおり、歴史的な事実を正確に記述するものではない。
本書のタイトルは、『自動車の歴史』ではなく『クルマの歴史物語』であって、“物語性”にポイントをおいた記述が特徴となっているので、既に伝説として定着しているこのような話は、ある種の常識として読者に提供してゆくつもりである。



エジソン電灯会社の技術者仲間と始めた自動車づくりにヘンリーは夢中になった


エンジンは何とか完成した。
しかしエンジンはクルマのほんの一部であって、このような複雑な機械を自分ひとりの力では決して成し遂げられるものではないことをヘンリーはよく知っていた。

一般的には技術者というと人間的には偏屈な人が多いといわれているが、ヘンリーはそのようなタイプとまったく違って、常にオープンマインドで、周りの人々の関心を自分の方に引き込むことができる、魅力にあふれる人物だった。
そこでヘンリーは、自分の夢である乗り物づくりを自分ひとりで挑戦するのではなく、一緒になって未知なるモノをつくり上げようという志を共有する仲間との共同作業に切り替えた。
エジソン電灯会社の仲間は、電気に関する知識ばかりでなく、多面的な技術知識を持つ高度は技術者集団であり、その技術を実現する工作機械もそろっていた。
ヘンリーは、毎日仕事が終わると自宅の馬小屋に閉じこもって、必要な部品の開発に熱中したが、日曜日になると仲間たちも集まって、各々得意な部分に仕事を手分けし、ヘンリーとその仲間のクルマづくりは順調に進むことになった。

1894年7月、クララは男の子を出産した。この子はエドセルと名付けられ、やがてヘンリーの後継ぎとなって自動車と深くかかわることになる。

(〔65話〕はここまでで、〔66話〕は来週の火曜日に掲載。)


トラックバック一覧

コメント一覧

コメントの投稿

名前

タイトル

メールアドレス

URL

本文

パスワード

非公開コメント管理者にだけ表示を許可する