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94話.シカゴでの仲間割れ〔前編〕

《 主な登場人物 》
■エドウィン・トーマス:1850年生まれ。バッファローに本社を置くトーマス社の社長。
■モンティ・ロパーツ:1877年頃の生まれ。トーマスチームのアメリカ人リーダー。
■プービュ・サン-シャフレ:1875年頃の生まれ。高慢なド・ディオンチームのリーダー。
■ハンス・ハンセン:1877年頃の生まれ。サン-シャフレのやり方に疑問を持つ探検家。
■ケッペン中尉:1878年頃の生まれ。プロトスチームのリーダーとなったドイツ軍人。


ニューヨーク州都バッファローで、E.トーマス社長は徹夜作業の陣頭指揮を執った


ニューヨーク州は広大である。
オルバニーからニューヨーク州の州都であるバッファローまで300キロのコースを真西に進むことになったが、この頃から天候が良くなり晴れるようになった。
晴天が続けば、道路は乾燥して走りやすくなるわけで、ほこりまみれになるものの、快適な走行ができるようになった。
こうして、一行はオルバニーから走り続けて2番目のチェックポイントであるバッファローに到着した。

バッファローの宿屋でトーマスチームのメンバーが休息を取っている間、この地にあるトーマス社の工場では、メカニック役のジョージ・シュスターから詳細な情報を入手して、走行中に痛んだ個所がないか調べて問題があれば徹底的に補強する作業が始まった。
徹夜仕事の指揮をとったのはエドウィン・トーマス社長自らである。

トーマス社長は最初の頃はウィリー・ハウプトのレース出場を好ましく思っていなかった。
だいたい社長である自分に無断で、販売代理店風情がE.R.トーマス社の代表としてこのような大レースに参戦するということが気に入らなかった。
しかしよくよく考えれば、ハウプトの思惑どおり、このレースで勝利することができればアメリカ合衆国の勝利につながって、E.R.トーマス社は栄光に包まれることになる。
そうなれば自分たちのクルマが売れるようになることは間違いないから、ここは全面協力しなければと考えを変えて、徹夜作業の指揮をとったのだ。



各車はニューヨーク州、ペンシルベニア州、オハイオ州、インディアナ州へと進んだ


トーマス・フライヤーの作業が行われている問、バッファローにあるもうひとつの自動車メーカーであるピアス自動車製造会社の工場でド・ディオン・ブートンの方も修理を受けることになった。

先行する3台のうち2台が手間取っている間に、ツーストチームは「お先に失礼。サンフランシスコで待ってるぜ」という挑発的なメッセージを残して、いちばん最初にバッファローを出発した。

しかし、ツーストチームがサンフランシスコで仲問を出迎えるためには、クリーブランド、トリド、シカゴ、オマハ、シャイアン、オグデン、ベーカーズフィールド、カーソンシティという数多くのチェックポイントを経由して、3千キロを超える長旅を走破しなければならず、まだまだ先は長かった。


バッファローからエリー湖岸を南西方向に100キロほど走ると、4日間にわたって苦闘してきたニューヨーク州に別れを告げて、ペンシルベニア州に入った。
この州を80キロほど走ると、今度はオハイオ州である。
エリー湖畔をさらに100キロほど南西に進むと次なるチェックポイントのクリーブランドになるが、トップを走っているツーストチームにひたひたと迫ってトーマスチームが並ぶようになり、あっという間に追い抜いた。
荷物が少ないトーマスチームの走行スピードは他を圧倒していたのだ。

クリーブランドでしばし休憩を取った各チームは、今度はエリー湖岸最西部にあるトリドのチェックポイントまでの200キロの走行となった。

トリドから真西に100キロ走行するとインディアナ州に入る。
トップを走るトーマスチームはニューヨーク州から始まって4つ目となるインディアナ州を真西方向に250キロほど走り、とうとうミシガン湖畔にそびえ立つシカゴに2月28日に到着した。

(金曜日の〔94話:後編〕に続く)


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