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95話.ロッキー山脈越えの苦闘〔後編〕

《 主な登場人物 》
■リー・マシューソン:1885年頃の生まれ。トーマスチームに加わったアメリカ人青年。
■ジョージ・シュスター:1880年頃の生まれ。トーマスチームの新リーダー。


G.シュスターは壊れた部品を求めて、ゴールドフィールドに向かって歩き始めた


シャイアンから運転をして、真冬のロッキー山脈超えに地元ならではの知恵を出してくれたマシューソン青年に、この地で別れを告げることになり、オグデンからサンフランシスコまでの運転を担当するのは、トーマス社のサンフランシスコ地区販売代理店で営業をやっている若者となった。

それまではサンフランシスコに向かって真西に直線的に進んでいたが、オグデンの真西には砂漠が横たわっている。
そこで、サンフランシスコに向かうには北西のアイダホ州方向に進む道と南西のネバダ州方向に進む道の2つがあるが、トーマス・フライヤーのハンドルを握る若者は、少し大回りになるが自分が道をよく知っているネバダ州経路を迷うことなく選んだ。

オグデンを出発してから天候はおおむね良好で、雪になることはなかったし、雨にあたることもなかったが、ネバダ州に入ってコーブルという所に近づくと猛烈な砂嵐が襲ってきた。
こういう時にエンジンを動かすと、砂を含んだ空気を吸入してしまう。
そうなると、エンジンが壊れてしまうので、砂嵐が吹き荒れている間は、クルマを動かさないで全員が車中で身体を寄せ合って、静かに砂嵐が収まるのを待つことにした。

ようやく吹き荒れた砂嵐も収まり、再び前進したトーマスチームを幅3メートルほどの川が待ち受けていた。
この道はゴールドラッシュの時には、目をぎらぎらさせた強欲な人々の馬車が数多く横断した所である。
馬車の車輪は大きいので、このくらいの浅瀬なら難なく渡ることができるが、自動車の車輪は馬車より小さい。
それに馬は水の中でも力を発揮するが、ガソリンエンジンは水に弱いので、人力に頼る渡河作業は難航することが予想された。
クルマが通れそうな浅瀬を探すことから始め、水浸しになりながら急流の中でクルマを渡す作業をしている間に、突っかい棒がドライブシャフトのピニオン歯車とトランスミッションを壊してしまった。
何とか川を渡すことができたが、クルマは走れなくなっていた。

レースを諦めるのか。
それとも、解決策を見いだすのか。
リーダーのジョージ・シュスターは思案に暮れたが、ここまでたどり着き、当面の目的地であるサンフランシスコももうすぐである。
とても諦めることはできないので、唯一の解決策である交換部品を入手する方策を考えることにした。

部品を在庫している可能性があるとしたら、バッファローの工場か、主要都市にあるトーマス社の販売代理店である。
ここにいちばん近い代理店はどこかと調べてみると、ネバダ州で唯一の代理店が、ここから150キロ先のゴールドフィールドという所にあることがわかった。

そこに行けば交換部品があるかもしれない。
ここからどのようにしてゴールドフィールドまで行くのか。
そこになかったらバッファローから取り寄せるしか方法がないが、それでは時間がかかりすぎる。
いくら考えても不安は消えることはない。
行動しかないと決断したシュスターは、とりあえず人家のある所まで行こうと決断し、クルマを後にして歩き始めたのである。



途中で親切な農家の若夫婦に出会ったG.シュスターは食事をご馳走してもらった


モンティ・ロバーツが去った後、トーマスチームのリーダーとなっていたジョージ・シュスターは、壊れてしまった部品を求めて炎天下、ひとりで歩き始めた。
クルマを離れて5時間は歩いただろうか。
とっくに周りは夕闇になっていたが、とうとう一軒の農家から漏れるかすかな明かりを見つけだすことができた。

「こんばんは、突然失礼をします。怪しいものではありません。お願いがあってここに来ました」と入り口から声をかけた。

「何者だ」と緊張した男の声が返ってきた。

シュスターは戸口の前で、これまでの経緯とここに立っている理由を説明した。そうしたら、扉が開いて顔中ヒゲだらけの青年がそこに立っていた。
「あなたたちのことは、1週間前にトノパーの町で聞きました。町の有力者の皆さんはトップで到着するアメリカチームを大歓迎しようと準備をしていましたよ」

「そうですか。たいへん残念ですが、私たちのクルマは川を渡るのに壊れてしまって動けなくなり、交換部品を探しに町へ行く途中なのです」

この若者の新妻が、シュスターに声をかけた。
「それは大変ですね。ところで、おなかがすいているのじゃありませんか。たいしたものはありませんが、おなかの足しになるものならありますので、食べていってください」

「奥さん。本当に有難うございます。お言葉に甘えさせていただきます。食事をいただいたら、町まで行きたいのですが」

「こんな夜中に行くのですか」

「チームメンバーは私の帰還を今か今かと待っているので、私だけが休息を取るわけには行きません」
「どうしてもというなら、私が案内しましょう」と、若者がきっぱりと言った。


開拓農家の若者とシュスターは、馬に乗ってトノパーに向かうことになった。
月明かりだけを頼りにだだっ広い荒野を、若者の案内で馬を走らせたら、数時問もすると人も馬も疲れ果ててしまった。
ひと休みしていると、向こうから数台の自動車がこちらに向かって走って来るのがわかった。

自動車の前に立ちはだかったシュスターに気が付いて一行が止まった。
なんとそれらに乗っている人びとは、アメリカチームの到着があまりに遅いので、何かあったに違いないと編成されたトノパーからの救援隊であった。

事情を聞いた救援隊は、シュスターと一緒に町へ引き返すことになったが、ここまで案内をしてくれた親切な若者に、心からの感謝の言葉を伝えるのをシュスターは忘れなかった。

救援隊の案内でトノパーに到着した時には、朝日がさんさんと輝く時間になっていた。
アメリカチームが動けなくなっているという話は、たちまちトノパーに住む全員に伝わることになった。

この町で唯ひとりのドクターとして街の人から尊敬を受けている人物もアメリカチームがクルマの部品を探しているという話を聞いて、ある種の決意を心に秘めて、シュスターの所に現れた。
そして、自分が買ったばかりの〈トーマス・フライヤー/60HP〉を解体して部品を使ってくださいと申し出たのである。
これを聞いたシュスターは涙が止まらなくなった。

「昨夜の農家といい、今日のドクターといい、どうしてこんなに親切な人ばかりがいるのだろう」と、自分たちの幸運を神様に感謝するのである。

シュスターは、昨夜一休みした時に一瞬まどろんだだけで睡眠をとっていなかったが、今はそれどころではない。
さっそくドクターの新車解体作業が始まった。
トノパーの人々の協力もあって、ドライブシャフトのピニオン歯車とトランスミッションを取り出すことができた。
とりあえずこの部品があれば、クルマは動くはずである。
昨夜の救援隊が再度編成され、すぐに川まで引き返すことにした。


河原で待っていたハンセンと運転手は不安な一夜を過ごし、朝を迎えた。
いったいいつになったらシュスターは部品を携えて戻ってくるのか心配しているうちに時間は流れ、その日が暮れ夜の帳が静かに落ちてきたその時に、向こうから自動車の音が聞こえてきた。

そしてシュスターの笑顔を見た瞬間、部品を入手したに違いないと確信を持つのである。
この夜の暗闇では作業ができないので、救援隊に感謝の言葉を述べ、近日中の再会を約束して、その夜は休むことにした。



多くの人々の支援によって、トーマスチームは再びゴールに向かって走り始めた


翌日早朝から、メカニックでありリーダーでもあるジョージ・シュスターが中心になって、ドライブシャフトのピニオン歯車とトランスミッション部品交換作業が始まった。
ドクターから入手した部品は新品同様であり、試運転をしてみたところクルマはスムースに動くようになっていた。

2日間の足止めを食ったこの地に別れを告げ、トノパーの方向に進むことになったが、途中でお世話になった開拓農家の若夫婦にお礼を言うために立ち寄ることにした。

トノパーに到着後は、最初にドクターを訪問した。ドクターは、「壊れて交換した部品だけでなく、使えそうな部品があったら遠慮なく持っていってください」と言ってくれた。
この言葉に勇気付けられたシュスターは、この地で総点検を行い、交換できるものはすべて付け換えることにした。
これで、ここまで長丁場を走破してきたトーマス・フライヤーのメカニズムは見違えるようにリフレッシュされ、再び元気が戻ってきた。


次の目的地であるゴールドフィールドまで快調なドライブが続き、この日の夕方に到着した。
最初にトーマス社の販売代理店を訪れ、トーマス車の部品在庫をチェックしたら、ピニオン歯車もギヤボックスも在庫していなかった。
この事実を知ったシュスターはぞっとした。
もしトノパーのドクターが自車を提供してくれなかったら、バッファロー工場から送ってもらわないと入手できなかったことになり、レース復帰は不可能であった。

ここではもうひとつ仕事があった。
ニューヨークのウィリー・ハウプト社長に電報を打つ仕事である。
ゴールドフィールドまでの行程の報告をすると同時に、部品供給のためにトノパーのドクターから新車1台の提供を受けてレースが継続できている事実を伝え、感謝の言葉と同時に、トーマス・フライヤーの新車をできるだけ速やかに、ドクターに届けるように依頼することであった。

この街で休憩するわけにはいかない。
仕事を終えると、夜を徹して走ることにした。
こうしてネバダ州境を越えて、ついにカリフオルニア州に入ることになった。

山ひとつ越えると、快適な道路となりトーマス・フライヤーはスピードをあげて、ベーカーズフィールドへ向かった。
この日の走行距離は615キロであり、ニューヨークを出発して以降では、1日当りの走行距離として最高を記録したのである。

(〔95話〕はここまでで、〔96話〕は来週の火曜日に掲載。)


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